2026年大河ドラマ「豊臣兄弟」舞台情報をまとめて行きます。
<更新履歴>
- 2026-02-18 公開
- 2026-03-11 第7話の史跡・ロケ地情報追記
- 2026-03-20 第9・10話の史跡・ロケ地情報追記
<MAP>
※MAPについては、訪問済みの場合・明らかに場所が確定している場合のみ掲載します。
<目次>
- 第1回「二匹の猿」&第2回「願いの鐘」
- 第3回「決戦前夜」&第4回「桶狭間」
- 第5回「嘘から出た真」第6話「兄弟の絆(きずな)」
- 第7話「決死の築城作戦」
- 第8話「墨俣(すのまた)一夜城」
- 第9回「竹中半兵衛という男」
- 第10話「信長上洛」
第1回「二匹の猿」&第2回「願いの鐘」
【ロケ地】秀長(小一郎)達が暮らす村&豊臣家発祥の地(スタジオセディック庄内オープンセット)
→〒997-0131 山形県鶴岡市羽黒町 川代東増川山 102
舞台としては、名古屋市中村区中村町でありますが、ロケ地としては、山形県鶴岡市の羽黒山の麓にあるスタジオセディック庄内で行われたようです。実際に行ってみたいのですが、公共交通機関では厳しいところであるため実現は難しそうです。
【史跡】豊国神社
→〒453-0053 愛知県名古屋市中村区中村町茶ノ木


名古屋の豊国神社は、天下人・豊臣秀吉の生誕地とされる中村公園内に鎮座する神社です。明治18年、秀吉の功績を慕う地元の人々により建立されました。史跡舞台はこちらになります。
【史跡】清洲に行く秀長&清洲城織田信長の居城(清洲城)
→〒452-0932 愛知県清須市朝日城屋敷1−1


清洲城は、戦国時代の風雲児・織田信長が天下取りへの足がかりとした「飛躍の城」です。
信長は1555年に入城してから約10年間ここを本拠地とし、本編でも「桶狭間の戦い」へもこの城から出陣しました。当時、清洲は尾張の中心地として経済・文化が大きく発展し、信長はここで着々と力を蓄え、天下統一の夢を膨らませました。
現在、清洲城跡には当時の面影を再現した模擬天守が建っており、信長公の銅像とともに、若き日の野心に満ちた歴史を感じることができます。
【ロケ地】清洲に行く秀長&清洲城織田信長の居城(志波城古代公園)
→〒020-0855 岩手県盛岡市上鹿妻五兵エ新田47−11
第4回「桶狭間」織田信長の出陣シーン(ロケ地)
【ロケ地】 直の家/酒井様のお屋敷(遠野ふるさと村)
→〒028-0661 岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛5−89−1
【ロケ地】秀長がへそくり隠す・秀吉と秀長が戦う・鐘を鳴らす寺(瑞宝山 本山慈恩寺)
→〒990-0511 山形県寒河江市慈恩寺31(クランクインの地)
第3回「決戦前夜」&第4回「桶狭間」
【ロケ地】今川義元軍の進軍(富士山ワイナリー周辺)
→〒418-0101 静岡県富士宮市根原498
【史跡】松平元康(徳川家康)大高城に兵糧を運ぶ(大高城跡)
→〒459-8001 愛知県名古屋市緑区大高町城山


大高城は桶狭間の戦いの前哨戦が行われた場所で、織田軍に包囲され孤立していました。しかし、徳川家康が「兵糧入れ」を成功させ、窮地を救いました。現在は公園となり、当時の空堀や土塁が残っています。2023年の大河ドラマ「どうする家康」では、家康の命懸けの行動が「ウーバーイーツ」として描かれ、今回も大高城に入る松平元康(家康)が登場します。今川義元が打たれた後、元康は岡崎に帰還しますが、今回は信長への思いが薄いため、特に面白いドラマはありませんでした。しかし、様々なことを考えさせられる深いシーンでした。
【史跡】秀長&秀吉、善照寺砦に出陣(善照寺砦跡)
→〒458-0801 愛知県名古屋市緑区鳴海町砦3−3


善照寺砦跡は、1560年の桶狭間の戦いで織田信長が今川軍を迎え撃つために築いた重要な拠点です。今川方の鳴海城を包囲・監視する役割を持ち、信長自身も決戦直前に軍勢を整えるため入城し、初陣の秀長と秀吉の前に現れました。現在は「砦公園」として整備され、遺構は少ないものの、鳴海城を見下ろす高台に当時の軍事的緊張感が漂います。
【史跡】佐久間守重が丸根砦を攻める(丸根砦跡)
→〒459-8001 愛知県名古屋市緑区大高町丸根


名古屋市緑区大高町にある丸根砦は、織田信長が1559年に築いた砦の跡地です。「桶狭間の戦い」に関連する史跡で、徳川家康(当時は松平元康)の武勇が語り継がれています。翌年の戦いでは、守将の佐久間盛重がこの砦から出撃し、元康軍と激戦を繰り広げましたが、砦は陥落し、盛重も討死しました。現在は国の史跡に指定されています。
【史跡】桶狭間の戦い※合戦の地(桶狭間古戦場公園)
→〒458-0913 愛知県名古屋市緑区桶狭間北3丁目1001−1202


【史跡】桶狭間の戦い※今川義元終焉の地(桶狭間古戦場 伝説地)
→〒470-1168 愛知県豊明市栄町南舘12


第5回「嘘から出た真」第6話「兄弟の絆(きずな)」
【ロケ地】松平元康(家康)を見送る秀長・秀吉(相模川沿いのロケ地)#5
【ロケ地】大沢次郎左衛門が鵜沼城に帰る途中で川を渡る(相模川沿いのロケ地)#6
【史跡】織田信長小牧山城へ(織田信長公居館跡)
→〒485-0046 愛知県小牧市堀の内1丁目


【史跡】大沢次郎左衛門(鵜沼城城主)を訪ねる秀長・秀吉(鵜沼城跡)
→〒509-0125 岐阜県各務原市鵜沼南町7丁目221

岐阜県各務原市にある鵜沼城は、国宝・犬山城の対岸に位置する天然の要害です。標高約90mの岩山(城山)にあり、三方を断崖と川に囲まれています。江戸時代まで国境であった木曽川を挟み、尾張の犬山城と美濃の鵜沼城が対峙していました。本編でも、同じような岩山の上に城が築かれており、撮影した写真と一致する部分がありました。
本編では、「鵜沼の虎」と恐れられた大沢次郎左衛門は、永禄7年(1564年)頃、織田信長の命を受けた秀吉と秀長の調略により降伏し、小牧山城へ赴きました。しかし、信長は最初から次郎左衛門を討つつもりでした。秀長の活躍により次郎左衛門は出家し、鵜沼城で人質となっていた秀吉の命は助かりました。
第7話「決死の築城作戦」
【ロケ地】川並衆筆頭、蜂須賀正勝(はちすか まさかつ)を訪ねる秀吉・秀長(結城市中島大橋近くの河原)
第8話「墨俣(すのまた)一夜城」
【史跡】秀吉(藤吉郎)が作った墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)
→〒503-0102 岐阜県大垣市墨俣町墨俣1742−1
【史跡】秀長(小一郎)が攻めた北方城跡
→〒501-0431 岐阜県本巣郡北方町北方249
【ロケ地】直が討たれたシーン(詳細場所不明)
【ロケ地】墨俣一夜城設営河原シーン(結城市中島大橋近くの河原)
【ロケ地】秀長(小一郎)秀吉(藤吉郎)が再会する林(詳細場所不明)
<参考ポスト>
大河ドラマ【豊臣兄弟!】第8回
— 栃木県フィルムコミッション (@film_TFC) 2026年3月6日
栃木県ロケ地情報①
直が争いに巻き込まれるシーンは大田原市内のとある農地で撮影されました🎥
農家の皆様のご快諾により、現代物が360度ほぼなく、撮影時期に作物がない開けた農地という難しい条件をクリア出来ました🧑🌾#豊臣兄弟 #栃木県フィルムコミッション pic.twitter.com/GnfcZUaBE3
第9回「竹中半兵衛という男」
【史跡】菩提山城跡(竹中半兵衛の居城)
→〒503-2107 岐阜県不破郡垂井町岩手
【史跡】稲葉山・岐阜城(織田信長の美濃平定)
→〒500-0000 岐阜県岐阜市天主閣18番地
第10話「信長上洛」
【史跡】お市様が浅井長政に嫁ぐため小谷城へ(小谷城跡)
→〒529-0312 滋賀県長浜市湖北町伊部
第11話「本圀寺(ほんこくじ)の変」
【史跡】本圀寺
第12話「小谷(おだに)城の再会」
【史跡】二条城